六.秘密




 季節はもう、梅雨に入る一歩手前まで来ていた。湿気をはらんだ初夏の陽気。暑いような、肌寒いような、変な気温である。
 うちの高校は公立ながらもエアコンはあるのだが、明らかに暑いときならともかくこう中途半端な気温だと、ためらいなくつけられる人はなかなかいない。皆が皆、「誰かつけてくれないかな」と待っている、責任分散の状態なのである。そんな中、この二人だけは欲求がストレートだった。
「ねえ、エアコンつけようか。椎菜もちょっと暑いでしょ」
「うん。26度くらいなら先生にも何も言われないと思うよー」
 椎菜さんとルイさんはものおじせず行動する。僕は正直、この二人が凸凸コンビだと聞いても、そんなに似た者同士だとは思っていなかった。エキセントリックな椎菜さんとクールなルイさんで、むしろ正反対のように思えた。でも、こうサバサバとして、いい意味で自分本位で行動できるという、他の人があまり持っていない共通点がある辺り、この二人はやはり稀有なコンビなのだ。
「五時間目の調理実習、楽しみねー。都築くんのグループは何作るの?」
 午前の授業が終了し、移動教室から帰ってくる途中、椎菜さんに尋ねられる。
「ゆで大豆と豚バラ肉の黒酢煮だよ。椎菜さんとこは?」
「小あじのおろし煮。ふふ、魚の内臓抜くの楽しみだな、あれスルッってうまくいくと気持ちいいのよねー」
「ああ……わ、わかるけど」
 改めてそう言われるとちょっと怖いよ、と苦笑いする。
「あ、都築くん家で料理とかするほう?」
「うん、おばあちゃんを手伝ってるだけだけど」
「え? あ、そっか。都築くん、おばあさんと暮らしてるんだっけ。いいなあ、うちのおばーちゃんちは九州だからめったに会えないよ」
「でも、会いに行く楽しみもできるんじゃないか?」
「それもそうね」
 椎菜さんは、にっこり笑って納得する。
「椎菜さんは? 家で料理するの?」
「そうね、私は両親共働きだからたまにするかな。そんなに上手ってわけじゃないけど、人並みにはね。あ、でもチャーハンは得意かも。チャーハン好きなのー」
「ふーん……」
 両親共働きか。家でチャーハンを作って一人で食べている椎菜さん……想像し易いような、しづらいような。
 今日の調理実習のテーマは、「酢を使ったおかず」ということだった。おかず一品とはいえどこのグループのメニューも結構ボリュームがあるものなので、お昼ごはんは軽く済ませておくよう指示されていた。
「……そう、おばあちゃんに言うの忘れてたなあ……」
   昼休み開始のチャイムが鳴る。いつも通りしっかり作ってもらってしまったお弁当を手に、どうしたものかと唸る。残すのも悪いし、勇美はあれで大食いなので少し食べてもらおうかな、と思っていた矢先。
「天野先輩〜!」
 教室へ、黄色い声が飛び込んできた。見ると、ドアのところから数人の女の子達が教室内を覗き込んでいる。
「勇美、あれ……」
「ん。ああ、天文部の後輩だ」
「え……?」
 天文部ってあんなにぞろぞろ女子がいるものなのか。まさか勇美目当てなんじゃないかと邪推せずにいられない。
「天野先輩。今日一緒にお昼してくれるって約束してくれましたよね? 中庭行きましょうよー」
「あ、そうだったな。悪い、風、今日だけちょっと一人で食っててくれ」
 さほど悪そうにもせず勇美はそう言って、催促してくる女の子達に腕を引っぱられて行ってしまった。それを見て、ルイさんが「主体性あるんだか無いんだかわからない奴ね」と悪態をつく。
「……ルイさん、勇美って一年のときもあんなにモテてた?」
 去年も勇美と同じクラスだったルイさんに、訊いてみる。
「まあね。でも、相手は上級生のお姉様方中心だった気がするわよ。下級生にも人気があるのねー」
 くだらない、とばかりの口調でルイさんは言った。ルイさんって、勇美にあんまりいい印象を持っていないのだろうか。そりゃまあ、普段からデコ呼ばわりされていては無理も無いことだが。
 それにしても、お昼ご飯はどうしよう。椎菜さん達や他のクラスメートと食べてもいいのだが、僕のお弁当を食べてくれる人はいるだろうか。悩んでいるうち、そう一人で突っ立っているのも気が引けてきて、とりあえずお弁当を携えて教室を出た。
「はあ、どうしようかな……」
 調理実習の無い他のクラスの人にあげるにしても、僕は他のクラスに友人なんていない。冗談半分で、栗原先生のところにでも持っていってみようか。生徒が先生にお弁当を持っていくなんて、普通、女子が男の先生にすることだよなと思いつつ、校舎端まで歩く。端の階段から1階へ降りれば、職員室はすぐだ。
 階段のところへ到着する。と、僕の目の前で、見覚えのある女の子がその階段をぴょいぴょい駆け上がっていった。
「――――あ」
 誰かは思い出せない、けど、印象的なその小柄な体。たくし上げられた、長い髪の毛。
「待……」
 衝動、と言っていいと思う。
 まるでウサギを追いかける不思議の国のアリスのように、僕はその子を追って、階段を上っていた。
 ――と、3階に差し掛かったあたりで、止まる。3階の校舎端、には、あの、教室がある――。それを思い出し、極力そちらを視界に入れないようにして、また階段を上り始める。そして、同時に思い出した。あの女の子は……以前僕があの第二理科実験室の前で混乱していたときに、後ろから話しかけてきた女の子だ。見覚えがあったのはそのせいだ。僕の頭の中に渦巻いていた汚泥をなぎ払ってくれた高く清らかな声は、今でも思い出せる。
 4階まで上ってきた……が、あの女の子の姿は見えない。
「……どこ行ったんだ?」
 廊下のほうを見渡してみても、いない。どこか教室に入ってしまったのか、それとも――
「屋上……?」
 最上階よりも更に上に続く階段に、目をやる。なんとなくこの先にあの女の子がいる気がして、歩みを進める。一度踊り場で折り返し上った先、そこにはもう使われなくなったのか、古い机がたくさん積み重ねて置いてあった。だが、その机の山の中にはわずかに隙間があり、その先にはガラス戸があるのが見えた。……本当にアリスになった気分だ。僕は机の山を崩さないよう大きい図体を出来る限り縮めて、カニ歩きでその隙間を通る。苦しい、こんなところ、ネズミか子どもくらいしか通れないんじゃないか――――
 机に挟まれながら、その先のガラス戸を手首のスナップだけで少しずつ開ける。そして、片足ずつ、窓の外に体を出していく。
「……はあっ……」
 やっとのことで、外に出た。そこには予想通り、緑の床の屋上が広がっていた。周りを囲うフェンスと給水タンクしかない、広々としたそこは、見事に青空がひらけていた。フェンス越しに矢幡野の街を見渡す。僕の家も、小さく小さくだけど、見えた。上から見るとうちの屋根はあんな感じなんだ、と思った。
 そうだ、あの子はどこだ? と周りを見回したとき、空から、歌声が聞こえてきた。
「て、天使――?」
 吃驚してそちらを向くと、空ではなく給水タンクの上で、あの女の子が歌っていた。大空を仰いで、目を閉じて、気持ち良さそうに。
 ぼうぜんと、その姿を見つめる。するとその子は、僕の視線に気付いたのか歌を止め、こちらを見下ろす。そして、
「あーっ!!」
 なぜか、嬉しそうに叫んだ。何事かとビクッとする僕と裏腹にその子は駆け出し、タンクの脇にあるハシゴを降り出す。そのハシゴは床までつながっていないので、終わりのところでぴょいっと飛び降りた。
「……君、は……」
「こんにちはー、せんぱい! また会えたね!」
 はじけるような笑顔を向け、僕のところへ駆け寄ってくる。同じ地面に立って、その子の小ささを改めて感じる。風が吹いたら吹き飛びそうな、か細い体。僕より軽く30cmは低いであろう身長。椎菜さんやルイさん、香坂さんよりもかなり低そうだ。
「風せんぱいもこの屋上好きなのー?」
「いや、今日初めて…………って、どうして俺の名前を……」
「どうしてでしょう? ひみつひみつ〜」
 楽しそうに、僕の周りをくるくる回る。こっちは何が何だかわからない。僕の名前は、僕の事件のことから知ったのだろうか。いやでも、この子は一年生で、事件当時にはまだ入学してきていないだろう。なにか人づてに知ったにしても、この栗原先生並みの懐きようは何なのだろう。
「あの……もしかして君、俺のこと知ってるの?」
「知ってるっていえば知ってるし、知らないっていえば知らない〜」
 そう言って、小動物が甘えるような仕草で腕にまとわりついてくる。女の子にこんなに密着されたのは初めてで――香坂さんを密着「させ」てしまったことならあるけど――とにかく、落ち着かなくてたまらない。
「あー、風せんぱい、これ、お弁当?」
 動きを止め、自分が絡まった腕に持たれているモノを、じぃ、と物欲しげに見つめてくる。
「そうだよ。……君はもう、お昼ご飯は食べたの?」
「んーん、今日はね、お昼ご飯代もらいそびれちゃって……飲み物だけは買えたんだけど、お腹、すいたぁ……」
 さっきまではしゃいでいた彼女は、口に出すことで自分の空腹を思い出したかのように、力なくぺたりとそこに座りこんだ。
 きっと、下心があってやっているわけではないのだろうけど、そんなふうにされて他にどう返せというのか。
「……よかったら、これ、食べる?」
「えっ? それ、せんぱいの……」
「今日は俺、この後調理実習があるんだ。だから、元々そんなに食べるつもり無かったから、どうせだし全部あげるよ」
「えっ、えっ、ほんとう〜!?」
 その子は顔全体で驚きを表現した後、きらきらと目を輝かせた。

「おいしいおいしい〜! 風せんぱいは優しいなあー」
 その子は床に座り、おばあちゃんお手製の“白身魚のチーズ焼き弁当”を幸せそうにほおばる。その様子を、僕は隣に胡坐をかいて眺める。
 先輩、か。正直言うと、さっき勇美が後輩の女の子に「先輩」と呼ばれているのを、不覚にも少なからずうらやましいと思ってしまった。だが今、目の前のこの子に先輩と呼ばれて、その羨望が晴れたような気がする。バカだなあ、僕は。
「……?」
 彼女は僕の視線に気付き、きょとんとする。僕より二回りも三回りも小さい、女の子。この学校で初めて、僕を「先輩」と呼んでくれた女の子。むぐむぐと口を動かすその様を見ていると、餌付けでもしているような気分になって、何だかむずむずする。
「えっと……君、名前は?」
 桜の下で椎菜さんに会ったときと同じように、名前を問う。
 しかし、この子は椎菜さんとは違ってその名を教えてはくれなかった。口の中にあるものをごくんと飲み込んだ後、
「ひみつ」
 とだけ言った。
「秘密って……名前教えてくれないと、呼べないよ」
「好きなように呼んでくれていいよー」
「好きなようにって言われても困るよ。名無しちゃん、とか呼んじゃうよ?」
「えー? ななしちゃん〜!?」
 彼女は不満そうに声をあげたあと、頬を膨らませて「……うー、いいもん、名無しちゃんで」と納得してしまった。
「ちょ、ちょっと……」
 名無しちゃん、なんて冗談のつもりで言ったのに、真に受けられてしまった。嫌なら本当の名前を教えてくれればいいのに、何で教えてくれないのだろう。何か、教えられない理由でもあるのだろうか。
「……じゃあ、名無しちゃん(仮)。さっきあそこで歌ってたけど、すごく歌うまいね」
「えへへ、ありがと〜」
「歌うの好きなの?」
 好き、という答えを予測して尋ねたものの、名無しちゃん(仮)は、うーんと唸って答えた。
「そうでもないかな。別に好きで歌ってたんじゃないよ」
「そうなの? それにしては随分気持ち良さそうに歌ってたような……」
「あのねー、今日、気が向いたから理科の授業に出てみたんだけど、そこでムクドリのテリトリーソングっていうのを習ったの。ピーピーって、鳴くことによって自分の領地を示すんだって」
「へえ、そんなのがあるんだ」
 “気が向いたから”という部分が引っかかるが、何となく流しておく。名前を教えることすら渋っている子だ、会ったばかりの人間にそんなに干渉されたら気分を悪くするかも知れない。
「だから、さっきの歌は、あたしのテリトリーソングのつもり。あたしの歌が聞こえるところは、あたしの領地なの」
 ある種ファンタジックな発想だ。それを無邪気に伝える彼女の表情には、得意げな色と――気のせいかな、と思うくらいにかすかな翳があった。
「名無しちゃん(仮)の領地か。じゃあ、その領地に勝手に入ってきちゃって悪かったかな……」
「え? ううん、全然いいよ。あたしの領地は来る者拒まずだよ〜」
 えへへ、と笑う。領地なのに来る者拒まずなのか。妙な領地だなあ、と僕も笑う。
 すると、フッと彼女は真顔になった。
「……でもね、風せんぱい」
「?」
「今日、ここに来てくれたのが都築風せんぱいで、良かった」
 ……自分のフルネームが、まるで歌のように響いた。それに、一瞬、心を奪われる。やっぱり僕のフルネームを知っているのはなぜか、なんて、もうどうでもよくなるくらいに。
 僕がぼーっと彼女の顔を見つめていると、彼女はにこりと笑って立ち上がった。そして、ナフキンに包み直した空のお弁当箱を僕に手渡す。
「ご馳走様、せんぱい。また会えるといいねっ」
 朗らかに言って、あのガラス戸のところへ駆けていく。僕を振り向き、手を振りながら戸に手をかける。
「あ――待って、名無しちゃん(仮)」
「う?」
「やっぱり、名前……」
 が、知りたい、と言いきれずに止まる。でも、彼女は僕の言いたいことを察したのか、こんなことを言った。
「ひ・み・つっ。 ヒントはね、ちょっとだけね、風せんぱいと似てるのっ」
 そう言い、彼女は今度こそ僕の前から去っていった。
 取り残された僕は、広い屋上で一人ぽかんとしていた。何に対してか。あの子の何もかもに対して。椎菜さんや香坂さん、栗原先生もたいがいわからないが、あの子はもっとわからない。
 都会の往来を歩いていたら、偶然に妖精とでもすれ違ってしまったかのような感覚。誰かに物凄く話したいような、絶対に内緒にしておきたいような、白昼夢めいた出来事。

 本鈴まぎわ、急いで教室へ戻る。ちょうど勇美も戻ってきており、一緒に調理室へ向かった。
 授業開始前に、くじ引きで決定されたグループに分かれて着席する。僕のグループのメンバーは男子に偏っており、香坂さんの友人の一人、東海林薫さんが紅一点である。どうもマイペースな子のようで、他のグループにいる水谷さんや……香坂さんにまで「薫ちゃんはちゃんと真面目にやってるかしら」とやんわり監視されていた。
 香坂さんは椎菜さんと一緒のグループで、二人並んで座って、家庭科の先生の諸注意を聞いていた。レシピはそれぞれグループごとに違うので、用具の使い方や時間配分、後片付けについての注意である。
 僕達のグループのメニューである“ゆで大豆と豚バラ肉の黒酢煮”は他のグループよりもいくぶん時間がかかるものなので、皆手早く下ごしらえを行う。僕が豚バラ肉をごま油でいためているとき、東海林さんはごぼうを乱切りにしていたのだが、指を伸ばしたままやるものだから「わあ、あぶないよー」と何度も注意した。東海林さんは「あー、ごめんごめん」とあくまでのんびりしている。なるほど、これは香坂さんも水谷さんも心配したくなるだろう。
 いためた豚バラ肉を弱火で煮込むところまで行って、ようやく一息ついた。お弁当を全部名無しちゃん(仮)にあげたから、さすがにお腹がすいてくる。使ったまな板や包丁を洗っていると、グループの男子達が僕の横に立ち、話しかけてきた。
「な、デコ委員長と香坂さんが並んでるな」
 そう言われて指さされた先を見てみると、確かに椎菜さんと香坂さんは二人並んで、片栗粉をまぶしたあじを油で揚げたり、大根をおろしたりしていた。二人ともそれなりに巧みで、それなりにぎこちない手つき。以前香坂さんは椎菜さんに比べて自分は何も出来ない、と卑屈になっていたけど、今回ばかりは自分と同じ程度の実力で安心できているかも知れない。
「都築は、どっちがいいと思う?」
「――え?」
 いきなり、予想外のことを訊かれて動揺する。まさか、僕が二人のことを気にしているのを悟られているんじゃないだろうな、と冷や汗をかく。
「香坂さんは見ての通りだけど、委員長もそれなりに人気はあるぞ?」
「そこそこ可愛いし、優等生だしな。お前はなんとなく仲良くしてるのかもしれんが」
 男子達は、口々にそんなことを言ってくる。そうか、僕と椎菜さんって周囲からも仲良しに見られているのか。そりゃ、教室でもよく一緒に喋ったり、一緒に帰ったりしているから当然なのかもしれない。が、周りにそれがどう思われているかなんてそう意識していなかった。
「あたしは美雨ちゃんに一票〜。身内びいきだけど」
 と、脇から東海林さんが会話に加わる。彼女は声量の調節がきいていないので、隣のグループにいる水谷さんが不穏そうにこちらを見た。だが、東海林さんはそれに気付かない。
「で、都築くんはどっちがいいの? 美雨ちゃんと久世さん、どっちが好み?」
「どっちがいいかって言われても、そんな……」
 興味津々に訊いてくる東海林さんに対し、僕は口ごもる。だが、男子達も早く言えよと目が訴えている。何も言えずに困っていると、東海林さんは何を思ったのか、
「えーと、美雨ちゃんはEでね、久世さんはDだよ」
 こんなことを言った。一瞬、僕は何のことを言われているのかわからなかった。ええと、と泳がせた目線で、エプロン姿で作業をしている二人をとらえ、
「――あ」
 一気に、東海林さんが言った意味を理解し、顔が熱くなる。
 固まった僕を尻目に、男子達はなにやらおかしい盛り上がり方をしていた。
「お、おい、東海林。なんでそんなこと知ってるんだよ?」
 口元がにやつくのを押さえた表情。それにも無頓着な様子で、東海林さんは答える。
「んーと、4月の身体測定のとき、美雨ちゃんのは触った。久世さんのは、はずして置いてあったブラを見……いたっ!」
 ごん、という鈍い音。後ろからの水谷さんの不意打ちゲンコツによって、東海林さんの言葉は妨げられた。が、肝心な情報はしっかり提供されてしまっていたので、男子達はますます盛り上がっている。
「いったー。もう、何すんの百合乃ちゃん」
 東海林さんが頭のてっぺんをさすりながら抗議すると、水谷さんは「そういうことを軽々しく話すもんじゃありません!」と顔を赤らめながら怒った。
 僕はというと、椎菜さんがDカップで、香坂さんがEカップかぁ……と、しっかり記憶してしまい、それが悶々と頭から離れなくなっていた。馬鹿だ。
 今頃になって椎菜さんが「なに皆さわいでんの?」といったふうに、不思議そうにこちらを見ていた。

 さっきはあんなにお腹がすいていたというのに、完成した料理はノドを通らなかった。東海林さんが悪い。……いや、僕自身が悪いんだ、東海林さんに胸を触られている香坂さんを想像してしまう僕が。力なく咀嚼した大豆と豚肉を、お茶で流し込むように強引に飲み下す。
 そして、そろそろと椎菜さんと香坂さんのいるグループを見る。二人ともお茶を啜りながら、グループの仲間と談笑している(香坂さんは笑っていないが)。……椎菜さんと香坂さん、どっちが好きか、か。好き、なんて確かな想いは、僕にはまだ無い。そんなことを断言できるほど、時間を重ねていないような気がする。
 でも、ただ、どちらのほうがより気になっているかといえば――――――





椎菜さん  /   香坂さん   /   どちらとも言えない






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